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zo-sanウクレレ [ウクレレ遍歴]


もう5年位前のこと。ウクレレ始めて、直ぐの頃。
こんなウクレレが売ってました。
フェルナンデスから、zo-sanウクレレが。

フェルナンデスは、当時(今でもありますが)、zo-sanシリーズの、アンプ(スピーカー)付きのギターやベースを売ってました。そのウクレレ盤でしょうが、もちろんエレキでなく、アコースティックです。

これは普通のソプラノ(スタンダード)ウクレレより若干小さく、持ち運びに便利で、泊まりの出張などのとき、バッグに忍ばせました。

一時は、一番弾いてるウクレレでした。
御蔭で、結構乾いて、いい音が出ます。値段以上?の音が。

しかし、ローG仕様でガンガン弾いていたとき、何度かブリッジが剥がれて、リペアに出しました。

そんなこともあって、今は完全にサイン・ウクレレになってます。

今までライブ等行ったミュージシャンに、このウクレレへサインをしてもらってます。

トップは、オータサン、ハーブ・オータJr、ダニエル・ホー、トロイ・フェルナンデスのサインがあります。一番左は、ウクレレ・オーケストラ・オブ・グレートブリテン(UOGB)のメンバーです。

バックには、キヨシ小林さん、SAKURAさん、ジェイムス・ヒル、キーボード奏者のYancy、ライアテア・ヘルム、ブライアン・トレンティーノ、山内雄喜さん、UOGBのメンバーの方々等のサインがあります。

サイドには、一番初めに貰ったPetty&Booka(2001年12月24日のクリスマス・ライブにて)、iwaoさん、関口さんのサインと、錚々たるメンバーです。

あと、ジェイク・シマブクロ、そして弟のブルースのも書いてあります。

今日は、マイお宝ウクレレを紹介しました。

またサインを貰っていこうと考えてます。



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初めてのハワイ~その3~ウクレレ購入 [ウクレレ遍歴]

ウクレレフェスティバルも終わり、次の日には「Sea Life Park」等観光したように記憶しています。

折角のコンドミニアムですので、近くのスーパー「Food Pantory」で買出しして、ハワイアンもどきを作って食べました。

ウクレレショップもいくつか行きました。

まずは「ウクレレ・ハウス2」、到着した日にライブに行ったお店ですが、いろいろ弾かせてもらって、最終的には、コアの木をくりぬいて作った「ホヌ」というスタンダード・ウクレレにしました。これが美しいんです。後で写真を載せたいと思います。
ただ、ちょっと弦高が高くて弾きにくいです。調整してもらえばいいのですが。今は押入れに大切に(?)しまわれて、時々干渉するくらいです。

その後、何件かウクレレ・ショップを見て回りました。DFS近くの「ダ・ウクレレ」や某ホテルの二回にあった「アイランド・ウクレレ」等々。

そして、アラモアナから更にトローリーを乗り継ぎ、ワード・センターより更に先の、「ウクレレ・ハウス1」に行きました。「ホヌ」ウクレレは入手済みだったので、いろいろウクレレを見たいと思い、見るだけのつもりで。

お店の人と話しているうち、スタンダードサイズを買ったんだったら、コンサートサイズのウクレレがほしくなるよ、と言われて、お勧めの「コアロハ」を勧められました。当時はまだできたての工房で、知っている人も少ないメーカーでした。自分も知るはずもありません。「カマカ」なら、とはちょっと考えていましたが。でも、音も素敵で、とても気に入ってしまいました。そしてとうとう、連れて帰ってきてしまいました。

こうして、初めてのハワイ旅行、入手したウクレレ2本、となり、ウクレレ愛好家に蔓延している「増殖病」に感染し始めていたのでした。


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南国高知よりホノルルへ「ウクレレ・フェスティバル」 [ウクレレ遍歴]

夏休みにハワイへ行くこととなりました。
初めてのハワイ。ANAのツアーに申し込み、自分は高知空港から、彼女は羽田空港から関西国際空港で一緒になって、ハワイ・ホノルル国際空港へ向かいました。

念願だったコンドミニアム、ワイキキ・サンセットに滞在しました。

コンドの部屋にはお昼頃にはチェックインでき、まずは二人で昼寝をしてしまいました。そのため、その夜、時差のためなかなか寝付けなかったのを覚えています。

夕方になり、町にくりだしました。ハワイアン・ショッピング・センターに「ウクレレ・ハウス2」があるのを調べてあったので、向かいました。

いろいろ並んでました。期待していたカマカはありませんでした。少し弾かせてもらいました。ウクレレを買うと無料のレッスンをしてもらえることを知りました。ここで一本買おうと決めました。お店の人と相談しながらあれこれ候補を絞っていきました。おおよそ、絞って、確かその日には買わなかった気がします。

お店にウクレレ・ライブのお知らせが張ってありました。店内で、その日の夕方、ライル・リッツとジム・ベロフのライブとのこと。全然知りませんが、ハワイのウクレレ・ライブです。夕方また来ることにしました。

夕方お店に戻ると、店内が超混んでました。この二人のプロフィールなど知るわけもなかったのですが、後で知って驚きました。サイン、貰っておけばよかった!

ライル・リッツの演奏は「凄い!」と唸ってしまう演奏でした。大きな体で、ウクレレでジャズを奏でます。音量は余りありませんが、凄く繊細な演奏です。感動しました。翌日のフェスティバルにも出場するなどと言っていました。(あとで知るのですが、ウクレレ・フェスティバルのためにハワイに来ていたジムを向かえて、その前夜にライブをやっているようでした。)

次の日の朝、短パンにTシャツ、サンダルという格好で、カピオラに公園へ歩いていきました。なにやら公園の中ほどで音楽の演奏が聞こえます。そう、ウクレレ・フェスティバルは始まっていました。

その頃は、知識も何もないので、すごく有名な方とか出演されていたようですが、何も知らず、近くの木陰で昼寝をしながら、気持ちのよい音楽を聴きました。フィスティバルのTシャツは記念に購入しました。何も知りませんでしたが、ウクレレを聴きながら、ハワイの風に吹かれて、のんびり贅沢な時間を過ごしました。

そこまではよかったのです。

夕方から太ももがヒリヒリし出しました。さすが常夏のハワイ、日差しと紫外線は計りきれず、木陰にいたにも係わらず日焼けをしました。日焼けというよりは火傷です。一晩苦しみました。彼女が氷水で冷えた濡れタオルを何度も交換してくれましたが、本当に一晩以上苦しみました。

次の日にはABCで薬を買いました。日焼けのケア用のジェルです。日本では手に入らない、局所麻酔(リドカイン)が配合されている代物です。よく効きました。

まあ、そんなおまけも付きましたが、今回のハワイ旅行の目的のひとつであるウクレレ・フェスティバルへは無事に行って楽しめました。

さらにつづく。


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南国高知にて [ウクレレ遍歴]

2000年4月、南国高知での生活が始まりました。

もちろん、マイ・ファースト・ウクレレ「FU-200」も持っていきました。

新しい職場での生活は、慣れるのに大分時間がかかりました。

ウクレレとの係わり合いは、同じように、たまに持ち出す程度。特に練習もせず、過ごしてました。

夏休みは一週間もらえることになりました。月曜日から金曜日まで、それにプラスして前後の土日、計9日間、職場から離れて出かけられます。

どこに行こうか考える中、「ハワイ」が思い浮かびました。

性格上、あまりミーハーな場所は行きたくないと思っていましたが、よく姉がハワイはディープではまるよとか聞いていたのと、これまでの2年間は、シンガポール、香港と比較的近いアジアだったので、たまにはリゾート優先でと、彼女のことを考え、ハワイにしました。

ハワイは最低4泊ないと面白くないよ、と姉から聞いていたので、土曜日から木曜日の4泊6日で計画しました。

自炊もしたいので、コンドミニアムに宿泊しました。

せっかくハワイに来たのだから、ウクレレを買いたいなあ、と漠然と考えでしました。出かける前、多少、ウクレレ・ショップのことや行事を調べました。そうしたら丁度次の日の朝から歩いて直ぐ行けるカピオラに公園でウクレレ・フェスティバルをやっているとのこと。これは行かねば、と思いました。

そうして、大してウクレレも上達しないまま、初めてのハワイへ行くこととなりました。

つづく


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ウクレレ・デビュー [ウクレレ遍歴]

ウクレレ・デビューは、それから数ヵ月後のことだったと思います。

ギターをかじった事があったので、コードがごっちゃになって、なかなか覚えられず、ウクレレもインテリアと化していました。

そんな折、大学の部活の同級生の一人が結婚することになり、披露宴のとき同級の皆で「芸」をすることになりました。メールでのやり取りで、友人Sがウクレレを弾いていることが分かりました。聞くところによると、伝説の「サイバー・ウクレレ・ジャム」にも友人と参加してきたとのこと。友人Sと自分とでウクレレを弾き、他の面子が歌を歌うような「芸」になりました。

曲は「君といつまでも」。もちろん台詞は新郎に語っていただくということで。

S君はメールで、「君といつまでも」の歌詞とコードを送ってくれました。コード表と見合わせながら、とりあえず一人で練習して、当日、会場に向かいました。

冬だったような気がします。会場前で皆で集合し、ちょっと練習。友人Sは国産の確かNancyのスタンダードを所有していました。AmはAm7で代用すると、左手は押さえなくて済むよ、とか、S君から教わりました。そのとき伝説の「サイバー・ウクレレ・ジャム」の話や習った曲を教わり、楽譜もコピーしてもらいました。友人Sは「真っ赤なお鼻の・・・」とか流暢に奏でていました。羨望のまなざしで見ていました。

さて、本番。お酒もちょっと回って、程よいころの出番だったような気がします。

当時の写真も持っていないし(友人関係全員前に出ていた為か)、記憶も定かではありませんが、まぁまぁうけたような気がします。

会場は東京だったので、ソフトケースでは不安、ということで、付き合っていた彼女に頼んで(仕事で忙しく、買い物にいけなかったので)ハードケースを買ってきて貰いました。どんなものがあるか分からなかったので、お任せで。でも立派なハードケースで、ウクレレの値段の半額以上した様に記憶しています。

あ、もちろん、このとき買ってきてもらった彼女というのは、私の「おくさま」でございます。

そんなこんなで、ウクレレ・デビューしました。

といっても、これを機会にウクレレを練習するようになった訳ではなかったです。ただ、人前で演奏することが楽しいと思いはじめたのかもしれません。

この春、2000年の4月に、群馬から高知県という見知らぬ土地へ、一年間と短かったのですが、引っ越すこととなります。そこで、ウクレレにはまりだすのであります。


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ウクレレとの出会い [ウクレレ遍歴]

ブログをオープンしました。
さて、日頃ネットをサーフィンしていて、ブログが溢れています。
特に自分の趣味のあれこれを調べていると、さまざまなブログに遭遇して、身近に感じています。
そういった先達者たちの真似というか、見習って、自分も自分のブログを立ち上げてみました。

ウクレレとの出会い・・・

ウクレレにはまり出して、かれこれ5年以上たってしまいました。
もともと三日坊主的な性格のため、長く続くものはなかったのですが、ほかの楽器と違い、練習しなくとも、大して弾けなくとも、ウクレレって大目に見ていてくれそうで、「ウクレレやってます暦」が長くなっていきます。

そもそも始めはなんだったのか。
思い起こせば、1999年頃の事と思います。

もともと中学、高校の頃、趣味でギターをかじっていました。フォークソングの弾き語りとか、簡単なコードの曲を選んで弾き語っていました。といっても自分の趣味の枠内で、人に聞かせることはほとんどありませんでしたが。

ギターは持ってはいましたが、段々と引っ張り出してきて弾くということもなくなっていました。そんな折、テレビかなにかで、ウクレレという楽器を知ったのだと思います。ギターを小さくして、弦も少ないし、一人暮らしのアパートで弾くにはいいのかな、などと思い始めていたのしょう。

そんな時、「ポパイ」のウクレレ特集を本屋で目にしました。これだ!と思ったような気がします。「ポパイ」を買ってきました。社会人となり、お金もそれなりに自由に使えるようになっていました。ウクレレを買ってしまおう!そう決心し、我が県都の商店街にある楽器屋(今は閉店してしまったが、某CDショップの3階にあった)に向かいました。

田舎の町の楽器店にはウクレレは数台しか置いてありませんでした。しかしこの町でも小さなウクレレブームだったのか、埃に埋もれてはいませんでした。予算はどのくらいにしようか。「ポパイ」によると、初心者は2,3万円くらいの国産品がよさそう、とのこと。

数台並んでいましたが細かいところは忘れましたが、フェイマスのFU-150とFU-200はありました。予算も手ごろなので、この二つで迷いました。弾ける訳もないので、店員さんに頼んで音を出してもらいました。いくつかコードを弾いてくれたのだと思います。たった5千円の差で?と思えるほど、響きが違いました。かくして、マイ・ファースト・ウクレレは「FU-200」となったのでした。

といっても、しばらくは部屋のインテリアとなっていたということは、言うまでもありません。


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